1 はじめに
自分が亡くなったときに備えて、遺言書(ゆいごんしょ、いごんしょ)を作成しておいたほうがよいということは、多くの方がご存じだと思います。
ですが、実際に自分も遺言書を作っておいたほうがよいのか、どのような文章で作成するのがよいか、遺言書を作るための決まり事は、どのようなものがあるか、などなど、実際に作ってみるためのハードルは、案外高そうです。
そこで、このホームページでは、遺言書作成に役立つ情報もどんどんアップしていきたいと思っておりますが、今回は、2020年7月から始まった「遺言書保管制度」(正確には、「自筆証書遺言書保管制度」)について、分かりやすく説明をしたいと思います。
同じ内容を音声でもご説明しておりますので、音声でお聞きになりたい方はこちらをご利用ください。倍速で聴きたい方など向けのダウンロード用データはこちら(右クリックで保存してください)。
2 遺言書作成について基本の確認
普通の遺言と公正証書遺言
まずは、基本の確認です。
遺言書保管制度について確認したい方は、この部分は飛ばして、3から先を読んでもらっても大丈夫です。
遺言書を作る方法としては、大きく分けると、すべて自分が手書きして作る方法の自筆証書遺言(じひつしょうしょいごん)と、公証役場(こうしょうやくば)で作成してもらう公正証書遺言(こうせいしょうしょいごん)の2種類があります。
手書きで作る遺言のほうが手軽である、公証役場で作成してもらうのは手間がかかるという意味では、普通の遺言と、特別な遺言という言い方もできるでしょう。
公証役場という場所は、あまりなじみがないかもしれませんが、全国で約300箇所、だいたい地域に一つぐらいはあるものです。
例えば、私が勤務している池袋では、サンシャイン60ビルの8階に池袋公証役場がありまして、そこで、公正証書遺言や離婚公正証書などを作成することがあります。
公正証書遺言のメリット
公正証書遺言を作成する場合には、遺言の内容(特に、遺言のなかで相続や遺贈する財産の金額)によって、数万円の手数料がかかりますし(詳しくは、日本公証人連合会のこちらのページを参照)、証人になってくれる人を2人用意する必要がありますが、
- 遺言書の内容について、公証人のチェックを受けられるので、見落としがある可能性が減る
- 公証人による意思確認(本当に、この内容で遺言を作るということで、自分の意思に間違いないか確認を受ける)があるので、後で、遺言が無効になるリスクが減る
- 字が書けない場合や、病床にあって出歩けない場合などでも、公証人が出張に来てくれたりするので、遺言書を作成できる
- 相続発生後に、遺言書検認(いごんしょけんにん)という裁判所に遺言書を確認してもらう手続がありますが、これを省略できる
- 遺言書は、公証役場保管用と本人に渡す用の2通が、中身は同じ内容で作成されるので、紛失するなどして、せっかく作った遺言書が後で無くなってしまうリスクがない
といった、複数のメリットがあります。
そのため、これまで、弁護士が遺言書作成について、相談を受けたり依頼を受ける場合には、基本的に、公正証書遺言の作成を勧めてきたところです。
3 遺言書保管制度とは
遺言書保管制度
これに対して、2020年7月から始まった遺言書保管制度は、遺言書検認手続が不要であるなど、公正証書遺言と一部同じようなメリットがあり、手数料は低額になっている制度です。
法務省としては、この新しい制度をなるべく使ってもらいたいという考えだと思いますが、「自筆証書遺言書保管制度」のホームページが作られていまして、今年の3月には、「遺言書保管申請ガイドブック」という30ページちょっとのガイドブックが公開されました。
*遺言書保管申請ガイドブックのpdfリンク https://www.moj.go.jp/MINJI/common_igonsyo/pdf/guidebook_r3.pdf
今のところ、おそらくこの「ガイドブック」を読んでみるのが、一番情報がまとまっていてわかりやすいと思います。
制度の利用状況としては、制度が開始した2020年7月から2022年6月までに、合計3万7464件申請されています(利用状況のページ参照)。
公正証書遺言の作成件数がだいたい年間で10万件前後でしたので(日本公証人連合会 令和3年の遺言公正証書の作成件数について)、それとの比較で考えても、それなりに利用されているというところでしょうか。
2020年には、公正証書遺言の件数が少し減っているようなので、この年はコロナ禍の影響もあると思われますが、遺言書保管制度でもよいと考えた方が、そちらに流れた傾向はあるかもしれません。
さて、ここでは、遺言書保管制度について、さらにその要点をまとめます。
遺言書保管制度のメリット・デメリット
メリット
遺言書保管制度のメリットとしては、まず、↑ で公正証書遺言のメリットとして挙げた5点のうち、4番目と5番目が、遺言書保管制度でもそのまま当てはまります。
つまり、遺言書保管制度を利用していれば遺言書検認手続が不要になりますし、また、遺言書が紛失で無くなってしまうとか、誰かに改ざんされてしまうといったリスクがありません。
加えて、遺言書保管制度は、ご自分が亡くなった後に、誰か1人に、保管されている遺言書があることを通知してくれるサービスがあるので、この点は、公正証書遺言に無いメリットです(むしろ、公正証書遺言でもやってくれるようになると良いと思います。)。
ただし、今のところ、誰か1人に通知してくれるだけの模様なので、サービスとしては少々中途半端な印象も受けます。
あとは、公正証書遺言に比べて、手数料が安い、証人を用意する必要がない、といったメリットがあります。
デメリット
他方で、遺言書保管制度のデメリットとしては、以下のものがあります。
- 公正証書遺言のように公証人が意思確認をしてくれたり、証人が立ち会ってくれたりすることがないので、遺言の有効・無効が争いになるリスクは公正証書遺言に比べて高くなる
- 申請のときは、必ず本人が法務局の窓口に行って申請する必要があるので、文字が書けないとか出歩けない病状であるという場合には利用できない
このデメリットをどう考えるかです。
4 どのような場合に遺言書保管制度は使えるか
最近、私が思うところでは、例えば、もし、遺言書の作成を検討しているけれども、
- まだ年齢的には若く、誰から見ても判断能力もしっかりしているので、後で「実は遺言作成する能力がなかった」などと相続人間で争いになるリスクが低い
- 将来的にまた遺言書を修正する可能性が高い
- まずは一度、遺言書を作成して安心したい
というような場合には、遺言書保管制度は使えるのではないかと思います。
他方で、このような状況には該当せず、一番間違いがない方法で遺言書を作成しておきたいという場合には、公正証書遺言で作成しておいたほうが無難でしょう。
弁護士としては、遺言書保管制度ができたので、もう公正証書遺言は不要だということはありません。
むしろどちらかといえば、まずは公正証書遺言を勧める場合が多いと思いますが、上記のようなパターンに当てはまって、今回は手書きで問題ないという場合には、せっかく遺言書を作成するならば遺言書保管制度を利用したほうがいいですね、というお勧めの仕方をすると思います。
5 遺言書保管制度の利用方法
遺言書の用紙はホームページのものを使うとよい
具体的には、どのような文章で遺言書を作成すればよいのか、ご自分が意図している相続内容を間違いなく表現するためにはどうしたらよいか、ということについては、個々人の状況で違うため、この記事だけでご説明することはできません。
また、別の機会に少しずつ説明をしていきたいと思いますし、当事務所に法律相談にお越し頂ければ、ご相談に沿った案内をいたしますので、お気軽にお問い合わせ頂ければと思います(相談予約ページ)。
ここでは、遺言書保管制度の利用方法がどのようなものかについて、簡単にご説明します。
遺言書保管制度は、遺言書の作り方についてあれこれ指図するものではありません。
ただ、用紙の上下左右に、余白が何ミリなければならないかといった決まりがあります。
そのため、間違いないようにということを考えますと、遺言書保管制度のホームページには「遺言書の用紙例(pdfリンク)」がありますので、用紙はこちらを印刷して利用するのがよいでしょう。
用紙に、手書きで記入していくにあたっては、書き間違いがあったときに後で修正できるように、1行おきに書いていくか、または、1行の半分程度の大きさの文字で書いていくのがよいと思います(修正の仕方は、ガイドブックを参照してみてください。)
また、以前は、遺言書を手書きで書く場合には、すべて手書きで記載する必要がありましたが、近年は、法律が改正されまして、遺言書のなかで、財産を列挙して記載する部分(財産目録)については手書きする必要がなくなっています(登記事項証明書や、財産目録の印刷物を用意すればOKです)。
ですので、以前に比べれば、手書きでもだいぶ楽にはなっていると思います。
申請先は住所地など管轄の法務局
実際に遺言書ができあがりましたら、遺言書保管の申請先は、
- 住所地
- 本籍地
- 所有している不動産の所在地
のどれかに該当する場所の法務局で、申請することができます。
ただし、全国には、法務局の出張所というものがありますが、出張所では遺言書保管制度は取り扱っていません。
具体的な管轄(取扱い法務局)が分からない場合には、ガイドブックの最後のページに法務局の連絡先が掲載されていますので、そちらを見て問い合わせしましょう。
申請は予約が必要
遺言書保管制度の申請利用は、あらかじめ予約が必要です。
予約は、法務局手続案内予約サービスのページ(https://www.legal-ab.moj.go.jp/houmu.home-t/)か、または電話や、法務局の窓口で予約することができます。
予約せずに法務局に行って、当日に手続をすることはできないとされているので、注意しましょう。
申請までにあらかじめ準備する物
申請のときまでに、あらかじめ準備しておくものは、以下のとおりです。
- 遺言書
- 申請書
- 顔写真付き身分証明書
- 本籍と戸籍の筆頭者の記載のある住民票の写し等(作成後3ヶ月以内)
- 遺言書が外国語により記載されているときは、日本語による翻訳文
- 3900円分の収入印紙
申請書の用紙も、遺言書保管制度のホームページに用紙のpdfデータがありますから(https://www.moj.go.jp/MINJI/06.html)、こちらをA4用紙にそのまま印刷して使うと便利です(また、法務局にも、申請用紙が置いてあります)。
6番目に挙げた収入印紙3900円が、遺言書保管申請を利用する費用になります。
なお、申請書のなかに、遺言者や、遺贈を受ける者、遺言執行者を記載する欄がありますが、これらの者の住所は、住民票上の住所をそのまま記載することが推奨されています。
そのため、あらかじめ、遺贈を受ける方から、住民票上の住所を確認するなどしましょう。
6 終わりに
遺言書保管制度の簡単なご説明は、以上になります。
この情報がお役に立てば幸いです。
(追記)2022年8月5日
この記事を作成した時点では、遺言書保管制度を利用することで、遺言書の財産目録部分を手書きしなくてもよくなると書いていましたが、その点は私の勘違いでした。遺言書保管制度を利用しなくても、手書き(自筆)で遺言書を作成する場合に、財産目録は印刷物でOKになっています。そのため、記事の一部を修正しました。